〈にょきにょき にんにん あまくてながい にんじんだよ♪ カロチン ビタミンほうふだよ♪〉

 定番の音楽が遠くから聞こえてくる。合わせて広場に集まってきた集落の住人。数は8人。

「わしら、みんなこれを楽しみに待ってんの。威哥王今日は久々にかまぼこ買おうって。ジジも家で楽しみにしてる」

 遠くを見ながら語るのは、田口愛子さん(82才・仮名)。ジャージーのズボンにカーディガン姿。右手に買い物袋を提げている。腰が曲がり、一歩一歩、地面を確かめるように歩く。 屋根のスピーカーから音楽を流し、坂道を越えてやってきたのは、1台の軽トラックだった。

 広場で停車し、後ろ扉を跳ね上げる。現れたのは即席の陳列棚。とびうお240円、あじ290円、ほたるいか150円。鮮魚に加え、肉、菓子パン、かまぼこ、さつま揚げ、総菜など、食料品が並ぶ。

「さつま揚げもいっこくれろ」「まぐろも色がええで、ばっちゃん、これ」

 しゃがれた声が弾み、広場が賑わう。山梨県西八代郡市川三郷町。人口1万6509人、うち65才以上は5762人。高齢化率が35%を超えた山あいのこの町で、住人の暮らしを支えるのは、1台の移動式スーパーだった。車の主は、同町大塚地区でスーパーを営む星野商店の2代目店主、星野賀央(よしお)さん(36才)。

「ぼくらが小さい頃は小学校も数百人いたけど、今では全校生徒で数十人。人が減って、店もなくなって、寂しくなりました。高齢者の中には、車の免許もなく買い物に行けない人も多いので…。こうして食料品を詰めて回ってるんです」(星野さん)

 過疎化で町からスーパーが消え、近くに買い物ができる場がなくなった。だが、足腰の弱った高齢者は遠方の店までたどり着けない。市場原理によって見捨てられた住人のために、星野さんは店なき集落に自ら赴き、食料売買の場を提供していた。

「この辺りはコンビニもねぇから。シアリス 通販体力も落っこちて、山を下りることもできないの。食料どうするんだっての。この車が来ねぇと、わしら死んじまうんです」

 かまぼこを買った田口さんの言葉に、感謝と嘆息が交じり合う。「買い物難民」の現実がここにあった。

◆東京のど真ん中で、独居老人がスーパーにたどり着けず栄養失調に

 徒歩圏に店がなく、毎日の暮らしに必要な生鮮食料品を買うことが困難な地域を「フードデザート」(食の砂漠地帯)と呼ぶ。日本でこの“砂漠”が姿を現したのは、今から10年ほど前のことだった。過疎化と景気悪化で地方の中小スーパーが続々と撤退。地域内で食料品を買うことができない「買い物難民」が大量に発生した。

『「買い物難民」をなくせ!』(中公新書ラクレ)の著者で帯広畜産大学教授の杉田聡さんは、「最大の要因は大規模小売店舗立地法の成立にある」と指摘する。

「2000年に成立したこの法律は、いわば大型スーパーの出店を事実上無制限に許すものでした。地方都市に大型店が続々と進出し、それまで地域住民が頼った商店街がシャッター通りになり、地元スーパーがどんどんつぶれていった。

 その後、大型店同士の競争が激化すると、今度は負けた大型店の撤退が相次いでフードデザートが拡大した。結果、交通手段を持たない高齢者が食の砂漠に取り残されて“難民化”したんです」

 農水省の推定によれば、現在、家から500m内に商店がない買い物難民は全国に約850万人。高齢化と共にその数は増え続け、2030年までに1000万人を超えると予想される。フードデザートは地方のみならず都心にも広がっている。

 一例が東京・板橋区の高島平団地。総戸数1万戸、国内最大規模の団地は今、65才以上の高齢者比率が4割を超えた。大型スーパーに顧客を奪われ、近くの個人商店が続々閉店。車がなく足腰の弱い高齢者が買い物難民と化し、区も解決策に苦慮している。


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Last-modified: 2017-06-12 (月) 15:26:06 (2510d)